• 学校案内
  • 学科・コース
  • 学校生活
  • 進路
  • 入試情報
menu close

卓767 あの子

水越 卓治 2024.06.07

この写真は、先週の投稿の冒頭にも出てまいりました。
全校宿泊学習SCC・二日目朝の出発後の様子でした。

( 2024/5/31  8:57  磐越自動車道の東行き、郡山JCT付近。バスは毎度おなじみの、はとバスです。 )


この100分ほど前は、ホテルで朝食の時間が始まるところ。

( 2024/5/31  左上・7:10、右上・7:18、左下・前日5/30の18:34 )

ご当地のヨーグルトがありましたので、
よくよくパッケージを見てみますと・・・、

( 2024/5/31  7:42 )


牧場とテーブルのイラストと、その一隅に女の子の顔が。
これの画を実写版に変換しますと、
かなりサスペンスな景になるなぁとはじめは思いながらも、

以前、お土産で頂いたことのあるヨーグルトにも
この女の子のマークがあったことをすぐに思い出しまして、
これは、メーカーさんのロゴ(マーク)だと判断。

でも、その由来は何なのかしらと思い、メーカーである
会津中央乳業さんのHPを拝見しましたところ、
創始者に係わる次のようなストーリーが綴られておりました。

会津出身の創始者は、第二次大戦中、妻子と旧満州で暮らして
いたが、1945年の終戦後、シベリアに抑留され、妻は2歳の
娘(孝子さん)を連れて、日本への引き揚げ船を目指して
移動をする中、2歳の孝子はあわれ栄養失調であえなく他界。

3年後、日本に戻れた創始者と妻は、故郷会津で牛乳販売業を
始め、約20年後の1968年に「あのとき牛乳があったなら…」
の思いと「どこの子も健康で幸せに育ってほしい」の願い

を込めて、牛乳を飲んだ時のあの子(孝子さん?)の笑顔を
マークとして使い始め、会津を代表する牛乳製品の顔となる。


目頭が熱くなりそうなエピソードを伺うことができましたが、
おや?と思った点としましては、聖徳学園の創設者が経験した
エピソードと十数年ほど時期を異にして共通点がある点です。
聖徳学園の創設者の方についても要約しますと
(「夫婦の想い・絆から生まれた東京聖徳学園」)


1930年代から社会福祉や民生の任に就いていた創設者は、

女子教育・幼児教育の改革の必要性を強く感じていたおり、
31年に初めて授かった長女(泰子さん)が僅か2歳で他界。

悲しみに暮れた創設者夫妻には「わが子に注ぐ愛情を、すべて
の子に注ぐ。」との誓いの念が芽生え、1933年に現在の大田
区に家政学院と幼稚園を設立して以降、女子教育と幼児教育に
人生を捧げ、1965年に保育科を有する女子短期大学を開学。

本校生徒は、筑波山のSFC(オリエンテーション合宿)で
このお話を聞いた覚えがあると思います。

偶然ではありますが、
初めて授かった我が子が僅か2歳で他界しまう点、
その無念と悲しさを壮大なライフワークの原動力に昇華させた
点などが共通しております。

会津中央乳業さんHPによれば、特段お名前はないようで、
「あの子」と記されています。ルーツは79年前の孝子さん。

あらためて、滋養溢れる牧場の恵みに口角上げてる「あの子」
の笑顔に、数多(あまた)もの人々の栄養や生きる道のために
計り知れない愛情が湛えられていたことに気づいた次第です。



『記事一覧』へのリンク
ARCHIVE

P.S.
宿泊学習・SCCから戻り、どの学年も旅の余韻を胸に、
今週から普通にまた授業が始まりました。

( 2024/6/5  11:28  高3・選択地理探究)

韓国・北朝鮮についての単元ですが、
ソウルを流れる漢江(ハンガン)の地名が出るなり、大反響。

Tik Tok で一躍人気となった「カチカチに凍った漢江に猫が歩いています」の動画サイト。
休み時間に入る直前に視聴してしまいました。

以上になります。